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成功談成功談その1
かなり稼がしてもらったよと笑みがこぼれるその投資法にはサプライズも難しい投資理論はなかったのです。
PERもPBRもそんなの関係ない!! それで儲かればみんな儲かっているよそんなのありえないよ!!
次男坊の彼は高校卒業と同時に日本の基盤産業の大手メーカに勤務することになりました。 生まれ故郷を離れて先輩も知り合いもいな見知らぬ土地での一人ぽっちでの社会人スタートとなったわけです。
昭和45年頃、高校卒は東証一部の日本を代表する企業に採用されても大学卒とはスタートラインが全然違うことがあたりまえだったかなと思います。
大卒と違い大手企業の完全子会社で泥臭い仕事を受け持つ現場での勤務というスタイルが普通でした。
日々の仕事に耐えて真面目に勤め上げるのが当たり前の時代ではなかったでしょうか。
そんな彼が大恋愛の末結ばれた美人の奥様と共に苦労して団地に小さなマイホームを構えたのは30代でした。
同期ではもっとも早いと思います。 というのも、奥様の親にプレッシャーをかけられていたためです。 家の娘を嫁にやるのはいいが君はいつ頃家を建てられるのかと・・・。
そんな彼が偶然にも交通事故で入院して多額の保険金を受け取ったのであります。
毎日病院のベッドで退屈な日々をおくっていたそうです。入院などすることがなかった彼にとっての入院生活、最初は苦痛でしたが、後になってこんなに自分をふりかえることができたのは初めてだったといいます。
ある日同室の患者同士が株でもうけた話をしているのを小耳に挟んだ彼は、この手でいくしかないなとひらめいたそうです。
それまでも従業員持ち株制度を利用して給与天引きで自社株を買い続けていました。 勿論株の知識などありません。 会社のすすめるままに給料から引かれていただけなんですが、
時代もよかったのでしょう。その儲けで小さな車が買えたこともあったのです。
なんとかこのまとまった資金を有効に増やせないものだろうかと病院のベッドで日夜考えていたそうです。 そこで保険金での株式投資を始めることとなったのでした。
彼は難しい投資はしません。 彼の投資法は、とても単純です。安定企業への長期投資法のみ。
しっかりとした財産を持ってる昔からある日本を代表するような大きな企業の株を何万株という単位で買い長期保有する。
損切りもほとんどしない。いつかは戻るだろうという強い信念です。
■ 目先の上げ下げに一喜一憂しない。
■ 他人の意見に左右されない。
■ 時代の波に乗って急成長してきたようなわけのわからない企業には投資しない。
■ 自分の土地や財産をも持たずに仲介のような企業には投資しない。
■ ハイテクなど新しい技術競争企業には投資しない。
そんな方法で定年をあと数年となったが儲けた資産はなんと!!6000千万超えたのです。
定年までには億越えが見えてきています。
その資金の使い道は自分の趣味のスポーツの若手育成につぎ込みたいと彼の瞳はめらめらと燃えています。
そうして彼は現在も若手育成に資金を投入し続けることを人生の喜びとして楽しい毎日を過ごしているのです。